星の描画(2)

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あなたが親から、もらったものはなんですか。
ということを大きく3つ、

・この世的な、お金や権力というものの大事さを
・安全で、無難であることの大事さを
・目に見えない世界の大事さを

というふうに分けて見るとき、
星で読むと、わたしが父からもらったものは、3つめの精神性でした。
この世の大切なことは金や力ではない。

それは、初め意外で、しかし、徐々に氷が溶けていくみたいに、なるほど、、と思えていく新しい発見でした。

というのは、わたしの父は、円が360円の時代に、おそらくたいへんな思いをして海外の伝統あるところへ学びに行ったり、その後着々と仕事をしていったということを、どう考えても大事にしていた(いる)し、それがおそらく父を知る多くの人の目にまず映る父の表面だと思うのです。
学歴やステイタスやお金というものは父にとってどうでもいいものではぜんぜんなかったはずで、わたしも、それを当たり前すぎる父の価値観として認識してきました。
ので、さらっと考えると、ひとつめのこの世的なものをもらった、になるのが自然な気がしたのです。

でも、、そう言われたら、、わたしにはいろいろなことが浮かんできました。
確かに、父は、それを真ん中に据えていたかもしれないし、わたしもお金をかけてもらったわけだけれど、でも父からもらった最大のものはなにか? と問われたら、わたしは間違いなく、愛、と答えるのです。勇気、に近いものかもしれません。父自身がたいへんな病気になったとき、父は諦めなかった。こちらが呆然とするような状況のなか、辛いのに、明日もがんばるよと迷いなく言った。それでわたしはもう、これからずっと力を持って生きていけると思った、、そういうことごとが浮かんでくるのです。そうだった。と思いました。

社会的、表面的な、その人のありかた、あるいは本人が大事にしているもの、伝えたいこと、、は、必ずしもそのまま人へ伝わるわけではない、、
もっとも、本当のところ父がなにをいちばん大事にしていて、なにを伝えようとしているかなんて、わたしに判ることではないのですが。
いずれにしても、人はいつも「解釈して」受け取っているのです。

それでわたしはすぐに、3人の子どもが、母であるわたしからなにを受け取るか、を星で読みました。やっぱりそれは、子によって違うのです。わたしの生き方は、少なくとも物理的には、ひとつであるのに。

このことは、、わたしに、いろいろなことを教えてくれました。
と同時に、力を抜いてくれました、、

わたしたちはしょっちゅう、至らなかったな、とか、まずかったかな、とか、、思うと思います。とりわけ子どもに対しては、、できるだけのことをしたいとか。なにか子に問題が発生すれば、自分の責任だというふうに。

もちろん、それはそうで、いつもわたしたちのありかたというのは問われていると思います。

でも、もし、パーフェクトにできるということがあったとしても、それで「できた」と思うことは奢りだということです、、子どもは、そこから、おそらく、見たいと思うことをいちばん近しい存在である親に映して、見ます。パーフェクトでなかったとしても、やはりそこに、見たいものを見ます。そのとき本人にとって必要なものを、、そこを、親がコントロールすることはできない、、

わたしも、そのようにして見てきたということです。わたしたちは多かれ少なかれ、恵まれなかったと思う点や出来事も持っていると思います。いやだった、とか、もっとこうしてほしかった、というようなことは、おそらくはっきりと認識し、納得されることを待っています。

が、そうやってなにかの蓋を開けに行くとき、精算すべき対象は、それをもたらした特定の個人、その人そのもの、ではなくて、自分の「解釈」だということ、、いったいどんな「解釈」をし、それを事実と認定してしまったのか、、だと思います。

わたしたちはものすごく大きな構図のなかにいる、、その大きさを、ひとつの目では、いつも見ていたいなと思います。