わたしが

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老若男女を問わず誰かを
好ましい、好きと思うとき
なにかしてさしあげたいと思うとき
相手はどうなのか(どう考えているのか)というのは
あまり本質的ではないのかも。
この好きはわたしのハートの問題。
そしてハートの言うことを
「わたしが」きいたかどうかが問題。
ハートの言うとおりに
どれだけそれを認め行動できたか、だから。

だから、わたしのしたことを
喜んでもらえなかった、とか
理解されなかった、とか
逆に、相手が気分を害した
なんてことがあっても
気に病むことはないのだ
と思う。

もちろんいやがってるのなら
やめてあげる必要はあるけれど。

わたしは、わたしの好きをお送りしたのだから
どれも、よかった、でいいのです。

と思ったら
いままでの、引っ込めなかった愛は
どれも、すがすがしいものになります。

先日、気持ちのいい風の夜に
ララランドを観て
思ったこと、のひとつです。


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7月31日