愛される

ひねくれた人っている、、
ネガティブな人。
そこで前を向かないんだ、、とこちらをガッカリさせる人。

てわたしも、そんなときが
あるわけだけど。
愛されてる
愛されてない
で言うと
どうせ愛されてない

どっかりと腰をおろしちゃって
ふんぞり返っていることが、、

人と人のことは
本当のこと
とか
その証し
なんかを求め始めたら
きりがなくて
たっぷりとそこに溢れる
愛されてる

たやすく
愛されてない
の陰に隠せちゃう。


きょう
ちょっとしたことでわたしも
とある
愛されてる

冷え冷えとし(^^;
もう
愛されてない
に座っちゃうもんねー
とほぼほぼ全部なってしまって
あっと思いました。

そうか、
このある意味不確かな
愛されてる

愛されてない
のあいだで
愛されてない
に立つ

ラクなことなんだ。

なぜ?
愛されてない

不幸なことだけれど
でももうこれ以上
悪くなる心配がないから。
ある意味安心なのです。
いじけて、どうせ
と言っていればいい。。

愛されてる
は?
幸せなことであると同時に
タフなことでもある。
だってそれが
これからずっと失われないとは
言えない。
わたしは再起不能なほどに
ガッカリするかもしれない、、

だから
愛されてる

座り続けるのは
走り続けるような
精神の働きを
必要とする。。

なにかと
ひねくれた物言いをする人の気持ちが
ちょっとわかった気がしました。
愛され続ける、

その人しだい。



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