弾く

もしかしたら

もしかしたらの思いつき。自身を、 自身を取り巻く環境すべてを、 過去のわたしを、 目に見えないものもののなかの自身を、 俯瞰してみることができるようになればなるほど、 音楽をもまた、 ミクロな視点ばかりでなく、 大きなまとまりとして捉える その度…

1920

12月30日、 きのうは今年最後のお仕事の日で 夕刻からは 楽しいコンサートパーティへうかがい ちいさなものを弾かせていただきました。思いがけずたくさんの人が コメントしてくださって とっても嬉しかったのだけどいちばん嬉しかったのが 「なんでそんなに…

D960

去年の今ごろは 父の病院にほぼ日参していて ピアノは弾いていませんでした。シューベルトD960のコンサートをしようと その前の年にとっていたソノリウムも キャンセルしていました。がんばるよと父が言っているのだから まだ連れていかないでと 天国のおば…

数日前、ふと思いつき 新しい曲をさらい始めた。 けっこうないきおいで、、きょう夕方 末っ子が わたしがさらっている ピアノの部屋から 「ママが最近手を出した曲、好き」 と言いながら出て行った。 手を出した、、、おかしい、、、 あじさい

プロセス

曲を自分のものにしていくとき、 程度はともかく、いくぶんかであっても、 その曲になっていく、というプロセスが起こる。そして、いくぶんかであっても、 そのプロセスのさなかに湧いてしかたない 曲を弾きたいという気持ち、、 お風呂に入っていても、 早…

音と言葉のコンサート

12月1日の夜つつじヶ丘のクロロッポさんで音と言葉のコンサートがあります。昨秋のリサイタルで上演した" シューベルト「楽興の時」の断片による梨木香歩「ペンキや」"を再演します。 どうぞゆっくりたのしみにいらしてください。ピアノと朗読の音楽物語12月…

どこまでも

子どもが夜、きょうは 好きなだけ遊んでていいよ と言ってもらった とかだいじな人が だめなところも含めてぜんぶいいよ と言ってくれた とか、、、シューベルトのD568のソナタについて 思うことは いろいろあるのだけどぜんぶをどこまでも肯定する 肯定して…

ありがとうございました

hall60でのコンサートが終わりました。 いとおしい1日でした。 ありがとうございました。 終演後 きょうは、、いそいそと新しい楽譜を 買いに行ってしまいました。 そして譜読みを、、 終わって嬉しいのは こんなふうに新しいものを弾けること。 きのう弾い…

言葉のなかの音

11月26日のコンサートの演目のひとつシューベルト「楽興の時」の断片による梨木香歩「ペンキや」に寄せて書いたものから - - - - シューベルト「楽興の時」は6つの小品で成っています。 ふとしたインスピレーションから生まれたと思われる一筆書きのような…

満月

これは先月30日のものです。 夕方、お月さまが出ているのを 撮ったもの。 それから日が過ぎてきょうは満月。 そのせいというわけではないのだろうけれど きょうはわたしはとても眠かったです。 でも時間配分的に寝る時間もなく 夜はお世話になっているお店…

ふしぎ

きのうの空は綺麗でした。 ピアノを弾きに行った遠くの駅で。 ピアノを弾くと のめりこんでしまって どうしてもそれだけの人、になってしまう。 わたしが、好むと好まないに関わらず いただいた人生の課題には バランスを取る という 地味で奥深いお題がある…

クララシューマン in 「友情の書簡」

クララシューマンよりブラームスへ、の手紙から。「私は美しい音楽作品を再現することに、使命を感じるのです。 (中略) ピアノ演奏は私の人格の重要な一部分なのです。 演奏は私にとって空気であり、私はそれを深く呼吸します。 一方、聴衆の前で演奏に半…